欲望を買う男【後編】

 


 

 

 

 白井はこの日も女の夢を見た。

 夢の中には初恋の相手が居た。生まれ育った町で白井とその相手は手を繋ぎながら歩いていた。なにをするわけでも無く、ただ地平の果てに沈む夕日に向かって歩いているだけ。時どき力を込めて手を握ってみると、相手も負けじと握り返す。交互に握り返して指相撲のように指を絡み合わせ、その指の力と体温と微かに漏れる笑い声が幸せな気持ちにさせてくれた。

 

 白井は次の日もバーへ足を運んだ。

 相変わらず夢を売る男は丁寧な姿勢で、夢を絶賛する白井の言葉を喜んだ。そして分かっていたかのように白井の注文を受け、小包を手渡した。しかし、それを白井は苦笑いをしながら突き返す。

 「もっと、まとめて売ってもらえないですかね」

 

 男は「もちろん、ございますよ」と伝え、バッグから小包を5つ出して白井に見せた。金が足りない白井は、最寄りのコンビニまで走って金を下ろしに行った。無くなるはずがないのに、男が急に消えるわけでも無いのに、全力で走った。そして息を切らしながら男に金を支払い、小包を受け取ってバーを出た。

 

 白井はそれからも欲の限りを尽くした。ある日は巨額の富を築いて、飛行機を乗り継ぎながら世界を周遊した。ある日は拳を使って人々を制圧していった。ある日は七色の光に包まれて幸せの頂点に立った。そのすべては、夢であったのだが。

 そして、あっという間に夢を使い尽くした。

 

 白井はもう、普通の睡眠では、普通の夢では、我慢することが出来なくなっていた。男から買う夢と、自然体で見る夢や現実とのギャップに耐えられなかった。そして当然のようにバーへ足を運んで、男から夢を買っていった。

 そんな生活が長く続くはずは無かった。

 

 初めは10万だけと借りていた金は30万になり、50万になり、気がつけば100万を超えていた。やる気が無いなりに就いていた仕事は、夢の余韻によって手つかずとなり辞めることになった。

 家賃、大学の奨学金、税金を滞納して、1日1食をカップラーメンで済ませる。鳴り続ける電話と絶えず送られる借金の督促状に胸がざわつき、朝から夜までカーテンを閉め切って薄暗い室内で過ごす。そのような窮地に置かれても、夢だけはなんとか金を工面して買い続けた。

 

 「もうやめたほうが」

 男は止めることを提案した。それを白井は声を荒げて拒否をした。「なんでなんだ」と問い詰め、「売ってくれよ!」と胸倉を掴みながら怒鳴った。やがてバーで待ち合わせることが店にとって迷惑になりはじめたため、2人は公園で待ち合わせるようになった。どんな状況になろうが、白井は夢を買い求め続けた。

 

 ――おれはなにをやっているんだ。

 時どき、自分を客観的に見ることがあって、その時は死にたくなる。

 仕事を辞め、金は尽きて、借金だけが残った廃人が、生きている意味がどこにあるというのだろうか。そう思うと生きていること自体に恥ずかしさを覚えるのだ。しかし、ほんの1ミリの隙間が開いた途端、夢への渇望がずぶずぶと侵入してきて身体はただの肉塊になる。

 

 

 

 ある日、白井は男に会うために公園に向かっていた。その途中、足元から崩れ落ちて地面に伏せるように倒れた。あと少しで公園だ――その思いで重たい身体を引きずった。つま先がアスファルトを僅かに擦っている感触がした。

 「大丈夫か」

 「おい、救急車はまだか」

 「意識が戻らないぞ」

 すぐに救急車が駆け付け、白井は病院に搬送された。

 しかし、治療の甲斐なく白井は息を引き取った。

 

 

 

 白井の自宅からは、注射器が1本と手のひらに収まるほどのサイズのプラスチックボトルが50本ほど見つかった。そして生活の形跡から、眠らない生活を送っていたことが考えられ、突然死と注射器と不眠の関連性が捜査されることになった。